2012年07月24日

4月の大事件 その2 最終章 4月の大事件 その2 最終章 4月の大事件 その2  最終章

5月末日、緩和ケア病棟で療養中だった義母が亡くなりました。

本人の米寿のお祝いの賞状を届けに行った義父が病室を出る時には解ったようにうなづいたのが最後で、翌日の早朝に急変したとのこと。


お寺の都合で6月3日が自宅での通夜、4日がホールでの葬儀と決まり、妻と大学生の次男を伴い3日のお昼に実家に着きました。

関東在住の長男と長女も東京で待ち合わせてほぼ同じくらいに着きました。

仏壇の前に寝かされている義母の顔は別人のように痩せこけていましたが、病院で点滴漬けにされてむくみ上がった顔よりはずっと自然で安らかに見えました。


周囲の人たちの意見を聞き入れて、敢えて延命行為をせず緩和ケアを選ぶことは義父にとっては苦渋の決断だったに違いありません。

私は患者さんの家族から相談を受ける場合に いつも延命治療には否定的な意見をとってきましたが、やはりそれでよかったのだと改めて思いました。


通夜の17時までにはまだ数時間もあり、私は何も手伝うこともなく手持無沙汰だったので前夜寝不足だったのを口実に2階の部屋でしばし休ませてもらうことにしました。


横になって何度かまどろみを繰り返していると、階下から騒がしい声が聞こえてきます。

うとうとしながら聞いていると、息子たちの声も混じり笑ったりどよめいたりで、とてもお通夜の雰囲気ではありません。


居間に降りていくと先刻と比べてそれほど人が増えているわけでもないのに、とにかく賑やかなのです。


我が家族はと見れば、一人の若い女性を独占的にとり囲んで話に夢中です。座った姿勢でも一目で長身と知れる(実際には173センチだそうです。)美人です。


彼女が 松井由貴美さんであることはすぐに解りました。


シャイな私はその輪の中には入れず、離れたところにいた彼女のお父さん(この人が妻のいとこです)としばし歓談し彼女の話も伺うことが出来ました。

今は地元中心の活動基盤を今後は東京に移す予定だということです。


わが家族は入れ替わり立ち替わり彼女と写真を撮っています。

私もどさくさにまぎれて何枚か撮ってもらいましたが、普段から美人に慣れていないとやたらと緊張するものですね。

そのうちだんだんと人が増えてきて、彼女は相変わらず多くの人に囲まれていましたが、私は久しぶりに会う懐かしい親戚の人たちと旧交を温めることが出来ました。

5時に始まったお通夜は以外に早く終わり会食が始まりましたが、翌日の葬儀に参列する予定の妻と次男を残して6時過ぎには帰る予定の私と長男、長女は義父と義母にあいさつ(義母とは本当に今生のお別れ)をし家を出ました。


由貴美さんは一緒に近くの駐車場まで歩いて見送ってくれて、ブログに写真を載せることも了承してもらい別れました。


写真やビデオで見た彼女より素顔の方がはるかに素敵な女性です。

喪服ではなくて華やかなドレスを着た彼女にもまたいつか会えることと、准ミスユニバースという栄誉を踏み台にしていろんな分野で活躍してくれることを祈っています。

彼女とのツーショットの写真です。

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posted by ドク・サム at 10:48| 岐阜 ☁| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の父は、ある市民病院の先生に、「あなたが生まれてから一番つらい事がおきる。」と言われた。面会に行っても不機嫌だった。ただ孫には優しかった。父の最期は、先生から家族に、「心臓の力を弱める薬を使います。」と言った時だった。もっともっと親孝行すればよかった。
Posted by 久保裕之 at 2012年07月27日 00:27
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