2011年06月14日

さくらんぼ狩りに行ってきました。

新聞のさくらんぼの記事に触発されて山梨へさくらんぼ狩りに行ってきました。

数年前にもお世話になった無農薬を売り物にしているH園に予約を入れ、日帰りはきついので 前日の11日は石和温泉に一泊。

夕食前にホテル周辺を散策。

最盛期には100軒もあったという温泉街は 他の温泉地と同様に閑散としており どこの旅館の玄関にもおいてある宿泊者の名前は 団体名は少なくほとんどが個人名でした。

笛吹川に流れ込む支流で 鴨の親子連れ(写真)を発見。 母鴨にぴったりとまとわり付くようにして一団となって水面を泳いでいく様子は ほほえましくついシャッターを押してしまいました。

翌日のさくらんぼ狩りは 朝一番の予約だったので 一番乗りのつもりで8時に到着すると既に数組が受付中でした。

他の家族連れと一緒に 近くのハウスに案内され 実のとり方の説明を受けてからは、自分の目指す木を目指して勝手に散らばります。

30本ほどの木で 種類は佐藤錦をはじめ6種類があるようですが、どの木がなんという品種なのかは教えてくれません。

「色々な木を食べ比べてください」と係りの人は笑うだけです。

木によってまったく味が違います。

真っ赤で見るからにおいしそうなさくらんぼが鈴なりになっている木がありましたが、これは見掛け倒しで皮は硬く味もすっぱいばかりで、他の人たちも味を確かめると離れてしまいました。

ハウスの中は十数人だけでしたが、 みんながおいしいと思う木は結局は一致するようで 最後には特定の数本に群がってしまいました。

私は一番長い脚立を確保し ほとんどの木を一通り渡り歩きました。

係りのおじさんがずっと支えていてくれたので サルカニ合戦のサルになったような気分で、他の人を見下ろしながら、かなり高いところの一番おいしいところを味わえました。

もう5年ぐらいは さくらんぼは食べたくないと思うほど堪能しましたが、無農薬でさくらんぼを育てることの苦労話も聞くことができ、本当に感謝感謝です。

この農園のことは今週水曜日のフジテレビの午前中の番組で放映されるとのことでしたが、聞いたことのない番組名だったので 東海地方では放送されないかもしれません。


以前から一度行ってみたかった恵林寺(エリンジ)も近くにあることを思い出し、寄ってきました。

織田信長に攻められた恵林寺の快川和尚が、山楼(写真)に登り燃え上がる火の中で泰然として言い放った言葉は「心頭滅却すれば火もまた涼し」 だと私は記憶していたのですが、寺の説明書には「火もおのずから涼し」と書いてありました。

快川和尚は武田信玄の学問の師であり、私は始めて知ったのですが信玄のお墓もこのお寺にあります。

また 徳川五代将軍綱吉の側近で忠臣蔵などにも必ず登場する柳沢吉保のお墓もここにありました。

その後は地元の情報誌で、乙女高原というところが私の好きなレンゲつつじ(写真)で有名だということを知り行って来ました。

まだ少し早いようでしたが 遊歩道を30分ほど歩いてきました。

ここからは対向車もこないような山の中の道でしたが 延々と走ってやっとたどり着いた甲府市のはずれで 最初に見つけた看板が「積翠寺」
でした。

聞いたことのない名前でしたが 看板が出ているぐらいなので何か由緒のある寺だろうと立ち寄ってみました。

すると 驚いたことに 信玄はこの寺で生まれたということでした。

信玄の母親は戦を避けてこの寺に逗留していた時に信玄を産んだということで、信玄産湯の井戸が裏に残っていました。

それにしても 信玄の生誕地にしては、訪れる人もなく 大きな本堂もなく あまりにも寂しいところでした。

信玄の館 躑躅ケ崎城の跡に創建された武田神社にお参りし 、身につけていると幸せがくるといわれる 三葉松の葉を拾ってから帰途に着きました。

途中からは予報どおり雨になりましたが 、日ごろから心がけがいいおかげで 雨にぬれることもなく 山梨を楽しむことができました。

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posted by ドク・サム at 01:02| 岐阜 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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